事情が変わった、君は死んでくれ


 透明な壁を挟んで向かい合った男は、王泥喜の顔を見て大きく顔を顰めた。
「何でお前が此処にいる、オデコ。」
「オデコじゃありません。王泥喜法介です。」
「うるせぇ、オデコ。」
 俺は理由を聞いてるんだと唸る眉月元刑事に、王泥喜は顔色ひとつ変えずに、も言う一度、王泥喜法介です。と答える。

「仕方ないでしょう。俺、弁護士なんですから。」

 溜息混じりについた台詞に、嫌な表情は改めないまま大庵は椅子に座る。足を組み、椅子に背を思いきり凭れさせて、視線は明後日を向ける。
 はと息を吐いた。
「お前の当番に当たったのか、俺もつくづく運がねぇな。」
「俺も自分の事、そう思います。」
 王泥喜自身が係わった、ガリューウエーヴ絡みの事件は真犯人が立件された事で結審した。けれど、今度はその真犯人である大庵の裁判が控えていた。
 何故か、弁護士を指名することなく国選弁護士を頼んだこの男に、どんな因果か王泥喜がつくことになったのだ。
 一応(信頼関係)が必要な間柄になったわけだが、互いの心情としてそんな気持ちが欠片も生まれては来ない。型どおりの質問と応対を交わしすと、面会時間を大幅に残したまま会話は切れた。
 
「ガリューはどうしてる。」
 ふいに、彼がそう呟いて王泥喜は目の前の男を凝視する。
「…あいつには、まぁ。迷惑をかけたような気がするからな。その…。」
「そうですね。人気バンドの、それも刑事が殺人事件ですから。リーダーである牙琉検事は大変だったでしょうね。」
 そう言ってやると、大庵の顔がそれとわかるほどに曇った。こんなあからさまな反応を返すとは思っていなかった王泥喜も、驚きに目を見開く。
「そりゃ、悪かったな。」
 相変わらず無駄に長いリーゼント(なのか、これは)に手を掛けて揺らす。
「ショックを受けて、鬱ぎ込んでますよ。」
「え…!?」
 そして、再びあからさまな反応。王泥喜の中に、毒を生みだした。
にやける顔を見ていると、どうにも腹が立ってくる。
「ガリューが、俺の事を。」
「…嘘です。普通に元気にしてます。貴方には残念ですけど。」
「てめ、このデコ…!」

 ああ、このリーゼントは自分と同じだと王泥喜は思う。
 細かいだのなんだのと、散々文句を言っていたけれど、間違いなく牙琉検事に惚れていたんだろう。相棒というポジジョンが邪魔をしていたのか、恋人という関係ではないようだけれど。それだって、随分と近しい関係だったに違いない。

「まぁ、それは軽いジョークですけど、差し入れは預かってきました。後で看守さんに渡しておきます。」
 王泥喜は、床に置いていた紙袋を翳して見せた。あいつの好物なんだよと告げた、検事の顔を思い出す。
『結局、裏切られる事にはなったけど、相棒だった男だからね。よろしく頼むよ、おデコくん。』
 笑顔が綺麗で思わず見惚れた。仕方ない、なるべく頑張ってみようと思ったのは嘘ではないが、今の王泥喜の心情は反対のベクトルを示していた。
 特に牙琉検事からの差し入れに向ける大庵の表情を見てしまえば、みぬきちゃんだって、あの目は諦めてない目ですよ、王泥喜さん。油断大敵ですと言ってくれるだろう。
 檻の中にいるからと言って、安心など出来はしない。今でもベタ惚れの様子を見せるこのリーゼントを目の前にして。そんな事はわかってる。
 それほど、牙琉響也は魅力的だ。

「また、会う約束をしているんで…あ、プライベートですけど、何か伝えておきましょうか?」
 引きつった大庵に、余裕で微笑む王泥喜の心情は正にこういう状態だった。 


『事情が変わった、君は死んでくれ』




ギャグですよ(苦笑



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